領域代表 林(高木)朗子
理化学研究所 脳神経科学研究センター 多階層精神疾患研究チーム
Greeting
この度、「マルチスケール精神病態の構成的理解(略称:マルチスケール脳)」領域を発足する運びとなりました。構想から採択まで膨大な時間を議論に費やし、まさに大願成就の領域発足です。
本領域の目的は精神疾患の病態解明です。このような大きな目標をどのように遂行するか、随分と議論しました。精神疾患は、2011年に五大疾患の一つと厚労省より位置付けられ、その克服が急務であったものの、精神疾患研究は臨床系のごく一部の教室で行われているに過ぎませんでした。昨今の専門医制度や後期研修のため医療現場は疲弊し、研究に余力を避ける臨床教室は少なくなり、また研究手法もヒト脳画像イメージング等のマクロスケールの研究、そしてそれとは対極のスケールである遺伝学が中心でした。実際に患者さまの脳の中で生じているだろうマイクロスケールの病態解明には中々手が出ないという状況です。
一方で、日本の基礎神経科学のレベルは非常に高く、様々な最先端計測の開発と相まって、脳の作動原理を次々に解明していました。しかし、基礎神経科学者は、何をすれば精神疾患の解明に歩を進めることが出来るのか分かりにくいという問題を抱えていました。そこで、本領域の前身領域である「マイクロ精神病態」(平成24-28年度)では、精神疾患の病態生理を担うだろう分子・細胞・回路レベルの現象を、「マイクロ精神病態」と仮想概念化し、“マイクロ精神病態を見出し、可視化する”というスローガンを掲げ、第一級の基礎研究者を精神医学のフィールドへいざない、基礎神経科学と精神医学を有機的に融合させることに成功しました。
今後に残された重大かつ難易度の高い課題は、同定されたマイクロ精神病態が本当に病態生理を引き起こす責任因子なのか、それとも付随する現象に過ぎないのかを明らかにすることです。すなわち高次脳機能の病態、すなわちマイクロ精神病態を操作し再構成しながら、構成的に理解することで、責任因子を同定することが本領域の挑戦です。とりわけ階層連結により、各マイクロ精神病態が分子から行動に至る多階層(マルチスケール)の中で果たす役割とその因果関係を実証することに注力します。
冒頭にも書きましたが、大願成就の領域発足であります。「大願」は元来は仏教用語であり、「菩薩が衆生の苦しみを救うために誓われた願のこと」であり、この大願が叶う事が「大願成就」です。つまり大願成就とは、自己の欲求だけを満足させる利己的な言葉ではなく、むしろ、そういう自己中心的な生き様を問いただすす利他的な言葉のようです。本領域も、自らのファンドレイジングに終始するのではなく、精神疾患の解明という「われわれの大願」のために、ストイックに取り組みたいと考えます。本領域の進展にご指導・ご鞭撻を賜れば幸いです。
領域代表
林(高木)朗子